岩手県普代村は浸水被害ゼロ、水門が効果を発揮

2011/4/1 7:00
小サイズに変更
中サイズに変更
大サイズに変更
保存
印刷
リプリント
共有

 岩手県普代村に設けた防潮水門などが東日本大震災で効果を発揮。同村の中心部や集落を大津波から守った。2011年3月30日時点で行方不明者は1人出ているものの、死亡者はゼロ。住宅への浸水被害も出ていない。

 三陸海岸に面した普代村は、普代川に沿って中心部を形成している。1896年に発生した明治三陸大津波では、1000人以上の死者や行方不明者を出している。

3月20日午後3時57分に撮影した普代水門。下流側からの様子(写真:下も普代村)
画像の拡大

3月20日午後3時57分に撮影した普代水門。下流側からの様子(写真:下も普代村)

 この明治三陸大津波を対象に、普代川の河口から約300m上流に建設したのが普代水門。水門の高さは15.5mで、長さは約200mとなっている。岩手県が高潮対策事業の一環で総事業費35億6000万円をかけて建設した。完成したのは1984年。

 普代水門は遠隔操作で水門の開閉をできるようになっているが、操作中に地震の影響で停電。一部を久慈消防本部の職員が手動で操作して、津波の到達前に水門を閉めた。

 津波は到達時に水門を越えたものの、水門から約200m上流付近で停止。水門の上流側に設けた管理用の橋が破損したが、住宅などに浸水の被害はなかった。

普代水門から見た下流側の様子。3月14日午後1時22分に撮影
画像の拡大

普代水門から見た下流側の様子。3月14日午後1時22分に撮影

 さらに同村の太田名部地区では、太田名部防潮堤が効果を発揮した。同防潮堤は高さが15.5mで、長さが約130m。1970年に完成した。津波は防潮堤の高さ約14mの位置で止まり、背後の集落に被害はなかった。

 普代村では住宅への浸水被害はなかったものの、水門や防潮堤の下流側で水産加工場が全壊するなど、漁業施設に大きな被害が出ている。行方不明となっている1人について同村は、「船を心配して海岸側に向かったときに被災したのかもしれない」と話している。

(フリーライター 山崎一邦)

[ケンプラッツ 2011年3月31日掲載]

小サイズに変更
中サイズに変更
大サイズに変更
保存
印刷
リプリント
共有

電子版トップ

関連キーワード

浸水被害、津波、水門、普代村、東日本大震災

【PR】

【PR】

主要ジャンル速報

【PR】



主な市場指標

日経平均(円)
2/10 大引
15,713.39 -372.05 -2.31%
NYダウ(ドル)
2/10 9:54
16,093.96 +79.58 +0.50%
ドル(円)
2/10 23:49
114.70-74 -0.60円高 -0.52%
ユーロ(円)
2/10 23:49
128.88-90 -0.04円高 -0.03%
長期金利(%)
2/10 15:49
0.005 +0.035
NY原油(ドル)
2/09 終値
27.94 -1.75 -5.89%

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報