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アベノミクス、核心は民間需要の不足
FTチーフ・エコノミクス・コメンテイター マーティン・ウルフ

2016/1/12 2:00
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マーティン・ウルフ 英フィナンシャル・タイムズ紙のチーフ・エコノミクス・コメンテイター。世界で最も影響力のある経済ジャーナリストの1人で、2000年には大英帝国勲章を受けた。
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マーティン・ウルフ 英フィナンシャル・タイムズ紙のチーフ・エコノミクス・コメンテイター。世界で最も影響力のある経済ジャーナリストの1人で、2000年には大英帝国勲章を受けた。

 2012年12月から日本の首相を務めている安倍晋三氏の名にちなみ「アベノミクス」として知られる政策は、日本経済の再活性化を図る大胆な試みだった。そのアベノミクスには3本の「矢」がある。財政政策、金融政策、成長戦略だ。この3本の矢は、安倍氏が約束した再生をもたらすのか。残念ながら、それはありそうにない。

 3本の矢のうち、最も強く放たれたのは金融政策だ。日本銀行は13年4月に開始した量的・質的金融緩和の下、同年第1四半期末時点で国内総生産(GDP)比34%の規模だったバランスシートを2年半で同73%にまで拡大した。GDP比でみた場合、日銀のバランスシートは米連邦準備理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行を大きく上回っている。

 しかし、財政政策の矢は放たれていない。国際通貨基金(IMF)によると、13年の日本の財政拡大は景気循環要因調整後でGDPの0.4%に過ぎない。同調整後の財政赤字は14年、同年春の消費税率5%から8%への引き上げという誤った政策を主因としてGDP比1.3%減少している。15年も同様の緊縮となる見通しだ。

 そして3本目の矢、構造改革はごく控えめにとどまっている。政府は農協改革を行った。米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)で自由化にも応じた。エネルギーと税制の改革でも中程度の前進は果たした。しかし、女性の機会拡大は遅々としている。移民の受け入れ拡大はおおむねタブーのままだ。労働市場も正規雇用と非正規雇用の格差が定着し、二極化したままになっている。

 これまでのところの結果はどうなのか。インフレ率に関しては、日本は小幅に前進した。15年11月までの1年間の物価上昇率(食料品、アルコール飲料、エネルギーを除く)は0.9%と依然、目標の2%を大きく下回っている。生産活動に関しても結果は期待外れだ。15年第3四半期までの1年間に実質GDPは1.7%増えた。しかし、安倍氏が首相に就任した12年末から15年第3四半期までの間に、日本経済は実質ベースで2.4%しか成長していない。実質GDPは08年第1四半期と同等の水準にすぎない。

 根本的な疑問は、日本経済を苦しめているものをアベノミクスが正しく特定しているかどうかだ。

 労働市場はすばらしい状態にある。失業率は3%台前半とどまっている。労働力が減っていることを考慮すれば、経済成長率も悪くはない。我々の分析によれば労働者1人当たりGDPの成長率は2000~10年の年率1.5%から10~15年の同2%に上昇している。どちらの数字も高所得国の最上位にある主要7カ国(G7)中の最高だ。

 IMFによると、購買力平価ベースで14年の日本の1人当たりGDPは米国の水準の69%にすぎず、G7の中で下にはイタリアしかいない。抜本的改革が成長加速につながる可能性はある。しかし、労働者1人当たりGDPで日本が1.5%前後を超える年間成長率を持続するだけでも並々ならぬことだ。その場合でもなお、大規模な移民受け入れなしでは年間成長率は1%にとどまり、思い描いている2%を大きく下回ることになる。日本銀行によると、現在の潜在成長率は0.5%にすぎない。

■デフレ拭いきれず

 となると、日本の問題は供給ではない――あるいは、もしそうだとしても根因は労働力の減少だ。真の問題は民間需要の弱さにある。その表れが民間部門の巨額の資金余剰、すなわち民間投資に対する民間貯蓄の超過だ。この超過は1990年代半ば以降、GDP比5~14%の範囲で推移している。

 人口が減少している国は、家計の最大の投資である住宅の新設を必要としない。したがって驚くまでもなく、家計の投資は1990年代初めのGDP比7%から現在は同4%にまで低下している。この家計投資の減少が家計貯蓄率の低下を相殺してきた。その結果が家計の資金余剰の継続だ。

 企業部門の資金余剰はさらに大きい。そのGDP比は2001~13年の平均で7%、ピークの09年と10年には9%に及んだ。この企業の資金余剰は内部留保の強さによるもので、2000年代初頭以降の平均で国民所得の22%に達している。一方、企業の総投資は緩やかな下降線をたどり、同じ期間の平均でGDP比14%となっている。しかし、それでも投資率は他のG7諸国を大きく上回る。

 それに相対する借り手は政府だ。公的債務は1990年のGDP比67%から2015年の同246%へと急増し、純債務のGDP比は13%から126%へ上昇した。それでもなお、赤字財政の継続と超低金利にもかかわらず緩やかなデフレを拭いきれていない。

 日銀による低利国債の買い入れが民間部門の巨額の資金余剰の解消につながることは、およそ考えにくい。

■内部留保を賃金と税へ

 では、どうすべきなのか。まず1つの選択肢は、現状の大幅な赤字財政と日銀の国債買い入れを継続し、民間部門の余剰資金が早々に消えるのを期待することだ。しかし残念ながら、そうなる可能性はおよそ乏しい。たとえそうなったとしても、財政赤字を安全になくすことができない。この政策は、財政赤字の恒常的なマネタイゼーション(中央銀行が政府の発行する国債を引き受けて財政赤字を穴埋めすること)に行き着く結果になる。

 2つ目の選択肢は、政策が実際にマネタイゼーションであるということを認めることだ。日銀は財政ファイナンス、つまり家計への移転について政府に同意するだろう。その意思はインフレ目標の達成まで続く。さらに加えて、公的部門の債務に覆われた日本では、債務負担の軽減を見据えて、より高いインフレ目標を再設定することもできる。

 3つ目の選択肢は、厳格な緊縮財政だ。民間部門が国家財政の健全化を認識して過剰な貯蓄を減らすことになる、という論理だ。しかし、日本では極めて現実味が薄いようにみえる。むしろ深い景気後退に行き着く可能性のほうがはるかに高い。

 4つ目の選択肢は、経常収支の黒字拡大を通じて過剰な貯蓄を輸出することだ。これは、まさしくドイツがしたことだ。安倍氏の首相就任以降、実質実効為替レートは約30%の円安に振れている。この策だと、日銀が外国債券の買い入れで貢献できる。あるいは、政府が日本国債を売却して得た資金で政府系ファンドを設立するという手もある。しかし、十分な規模で行われた場合、このような政策は世界の不均衡の悪化も引き起こす。そうなると国外で不興を買うことになる。

 5つ目の選択肢は、民間部門の慢性的な貯蓄過剰に真正面から切り込むことだ。そのためにはまず、日本が貯蓄をしすぎていることを認識しなければならない。したがって、消費増税はなすべきことの真逆になる。日本企業の過剰な内部留保を賃金と税に移していくことが、最終的に構造的な貯蓄過剰の解消につながる。たとえば、減価償却引当金を大幅に減らすという方法がある。コーポレートガバナンス(企業統治)改革も企業収益の分配の拡大につながりうる。さらにもう1つの可能性として賃上げがある。

 要するに「供給でなく需要が重要なのだ、愚か者」ということだ。民間、特に企業部門の構造的な貯蓄過剰が政府を赤字財政に向かわせて債務が膨らんでいる。アベノミクスは、この根底にある現実を認識していない。日本は民間の余剰資金を輸出するか除去するか、いずれかの方法で余剰を相殺しなければならない。これこそが最大の課題だ。

 最初のステップは核心にある問題、すなわち民間需要の不足という問題を認識することだ。そうして初めて、解決が可能になる。

(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

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