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難治白血病から9割生還  がん治療・解体新書 第2部(1)

2017/7/19 6:30
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 「わたし、もう5年も再発せずにいるわ!」――。こんな手書きのメッセージボードを手にして、カメラの前でほほ笑む米国在住の12歳の少女。白血病患者の間では有名な女の子だ。彼女の名前はエミリー・ホワイトヘッド。次世代のがん免疫療法「CAR―T(カーティー)」の威力を表現するのに、彼女ほど適した人材は他にいない。

■次世代の免疫療法「CAR―T」

CAR-Tの治療を受けたエミリー・ホワイトヘッドさん(現在12歳)

CAR-Tの治療を受けたエミリー・ホワイトヘッドさん(現在12歳)

 エミリーがCAR―T治療を受けたのは今から5年前、7歳の時だった。白血病には急性から慢性、骨髄性からリンパ性まで様々あり5年生存率も20%程度から80%程度までバラツキがある。エミリーの場合、まれに見る難治性の白血病で、抗がん剤はすぐに効かなくなった。骨髄移植もできない状態に陥り、周囲があきらめかけた時。遺伝子操作で免疫細胞をパワーアップさせがんを攻撃するCAR―T治療がエミリーを救った。

 エミリーのようにCAR―T治療で一命をとりとめた患者の報告がここに来て急増している。がん免疫療法に詳しい慶応大学医学部の河上裕教授は「ごく一部のがんに限るが、劇的な効果が出ている」と話す。

 エミリーを救ったペンシルベニア大のジューン教授のチームは、その後も小児の白血病患者を対象にCAR―T治療を継続した。結果は驚異的。抗がん剤が効かず治療のすべがない30人中、27人のがんが消滅(完全寛解)した。割合にして90%――。CAR―T治療が突きつける数字は衝撃的だ。

 CAR―Tは今、がん治療の最先端を行く大きな潮流だと言っていい。

 今年6月、米シカゴで開かれた米国臨床腫瘍学会(ASCO=アスコ)はそれを象徴する。がん治療で最新の研究成果を発表するアスコで最も注目されたセッションはCAR―T治療を含むがん免疫療法だった。

 CAR―T治療と言えば、ほんの数年前までアスコでは100人も集まればいい方だった。しかし今年は、CAR―T治療のセッションに2000人以上が詰めかけた。会場で最も大きな部屋でも収容仕切れず、立ち見も出たほどだ。

 このCAR―T治療では「日本は遺伝子治療が副作用問題で揺れた時期に研究者が減り予算も削られ、世界的には1~2周遅れ」(東京大学医科学研究所の小澤敬也教授)だ。企業もバイオ研究支援企業のタカラバイオを除き、CAR―Tの臨床研究もほとんど行ってこなかった。

第一三共、米ベンチャーと提携

 しかし、この遅れを一気に巻き返そうとする動きが最近になって日本でも出てきた。

 代表的な例が第一三共だ。今年に入り米国のCAR―T関連のベンチャー企業であるカイト・ファーマ社(カリフォルニア州)と提携、血液がん治療薬の開発に本格的に乗り出したのだ。

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 カイトとの提携により第一三共はカイト社の技術であるCAR―T製剤「KTE―C19」を国内で独占的に開発する権利を取得、国内での販売を検討することも可能になった。

 第一三共は権利の対価として5千万ドル(55億円)を支払ったが、「カイトはすでに海外で主要な治験を実施、試験データもある。その分、日本での治験を早く進められる」(研究開発本部長の古賀淳一氏)。19年までに日本でもCAR―T製剤を販売できるよう承認を得る計画だ。

 第一三共の動きは製薬業界でも驚きをもって受け止められる。

 CAR―Tの世界で、カイトの名を知らない人はいない。09年に設立したベンチャーながらCAR―Tの老舗的存在だ。そのカイトと「CAR―Tはまだまだ未熟な技術」と静観してきた日本の製薬大手が手を組んだのだ。時代は大きく変わりつつある。

 「10年後の第一三共に必須の技術と考えた」と古賀氏。臨床試験では悪性リンパ腫の一種である「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)」の8割以上に効くとのデータも出ている。カイトのその他の開発品目についても導入を検討中だ。

 世界や日本で一気に熱を帯びてきた感のあるCAR―T療法だが、そもそもどんな技術なのか。

■がん細胞を撃退するサイボーグ免疫

 簡単に言えば、がんを発見する賢い免疫を遺伝子操作で作り出す技術だ。がんを見つけるための高感度な「レーダー」を、免疫の兵隊であるT細胞に装着させるのだ。

 T細胞はがんさえ見つけられれば、相手を殺傷する能力は高い。強力にがんを探知するレーダーを人工的に装備した「サイボーグ免疫」を遺伝子操作によって作り出し、がんを撃退するというわけだ。

 ここでいうレーダーの役割を果たすのが、抗体の先端にある「可変部」だ。通常、異物が体内にあると抗体の可変部がこれを発見、抗体がミサイルのように飛んで行き異物にくっつく。

 この可変部をT細胞の表面に発現(形成)するよう遺伝子を設計する。遺伝子操作によりT細胞の表面に発現した可変部ががん細胞をすばやく発見、そのままT細胞をがん細胞にまで誘導することが可能になる。

 可変部ががん細胞を見つけた際、これを攻撃するようシグナルを出す部分の形成も遺伝子に設計しておく。攻撃シグナルを出すのは「CD3ゼータ」というたんぱく質で、可変部とセットでT細胞内に形成されるよう設計する。

 この可変部とCD3ゼータが結合した分子を「キメラ抗原受容体(CAR)」と呼ぶ。キメラとはギリシャ神話に由来する異なる生物を結合させた架空の生き物の名前。遺伝子操作によりT細胞上に誕生するこのキメラこそ、がん細胞を撃退する切り札となる。現在は可変部とCD3ゼータの間に、シグナルを増幅させるユニットたんぱく質を挟んだものが使われている。

 こうしてできたがん探知レーダーを表面にたくさん装備したT細胞は、がん細胞を発見、捕捉していく。捕捉すると「グランザイム」や「パーフォリン」と呼ばれる強力な細胞破壊物質を放ち、たちまち標的細胞を死に追いやってしまう。

 CAR―T治療は現在、日本を含め先進各国で研究が進む。頭1つ抜き出ているのは米国で最短で今年8月、遅くても年内には治療薬として認められることになりそう。今年3月末までにジューン教授と組んだスイスのノバルティスと、カイトがそれぞれ承認申請を済ませており、米政府側も「画期的治療薬」と認定、優先審査の真っただ中にある。

 がん完全寛解率90%時代が今、幕を開けようとしている。

(企業報道部・野村和博、大阪経済部・高田倫志、前野雅弥)

〔日経産業新聞 7月10日付〕

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