ニホンオオカミ絶滅の地、奈良に(とことんサーチ)
「最後の1頭」捕獲 英で眠る 生存への夢、映画や絵本に

2017/3/18 6:00
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 奈良県東部の東吉野村。杉とヒノキに囲まれた県道を車で走っていると、絶滅種とされるニホンオオカミのブロンズ像が目に入ってきた。「こんなところになぜ」と村役場に尋ねると「最後の一頭を捕獲した場所だからです」との答えが返ってきた。東吉野村とニホンオオカミの切っても切れない縁を追った。

東吉野村小川地区にある「ニホンオオカミの像」
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東吉野村小川地区にある「ニホンオオカミの像」

 ニホンオオカミは1905年(明治38年)、東吉野村鷲家口(わしかぐち)で捕獲されたのが最後とされる。その後、生存が確認されず絶滅種と認定されたが、村役場の担当者によると「最後の一頭の標本はロンドンにある」。毛皮の標本と頭骨はロンドン自然史博物館に収蔵されているという。担当者が海を渡った経緯を説明してくれた。

 ロンドン動物学協会と大英博物館は東アジアの哺乳動物を研究するため、1904~05年、米国人動物学者のマルコム・プレイフェア・アンダーソンを日本に派遣した。各地を調査した後、たどり着いたのが鷲家口。05年1月、猟師が捕獲して殺した雄のニホンオオカミを持ち込み、アンダーソンが買い取ってロンドンに持ち帰ったとされる。

 オオカミというと西洋では童話「赤ずきん」に登場するどう猛な動物というイメージが強い。ニホンオオカミにもそんな印象はあるが、イノシシやシカから農作物を守る動物でもあり、一部地域では信仰の対象になっている。大きさも西洋オオカミに比べると一回り小さい。博物館が標本を大切にする背景にはそういう違いがあり、実際にDNAの比較も行っている。

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 このロンドンとの縁を復活させたのが村議会の議員たちだ。2013年、議員7人が博物館を視察した。団長を務めた丸井雅弘議員は「室温や湿度をきっちりと管理し、大事に保管していた。感激で胸が熱くなった」と振り返る。実は視察団は標本の返還を求めるつもりだったが、的確な管理や熱心な研究をみて正式な要求を封印したという。

 「将来は博物館との交流をさらに深めたい」と話すのは東吉野村の水本実村長だ。しかし「当面は貴重な観光資源として村おこしに活用したいと思う」。

 村では15年にニホンオオカミに関する手作り絵本を一般公募。最優秀賞の「ぼく、ニホンオオカミになる!!」は16年春、全国の書店で発売された。16年秋には東吉野村をロケ地としてニホンオオカミを題材にしたキューバ人監督作品「東の狼(おおかみ)」が、なら国際映画祭で上映された。

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 小川地区にあるブロンズ像の知名度も徐々に上昇。最近は観光客が像の前でポーズを取る姿も目立つ。像制作の経緯については、ニホンオオカミの威厳のある雄の姿を再現しようと、村が奈良教育大学の故久保田忠和教授に依頼。1987年に完成した。この際、写真や資料を集め献身的に支えたのが当時、村の主事だった堀谷左近さんだ。自腹を切って渡英し博物館の標本を撮影。関連文献や書籍を読み込み、資料として提供した。

 堀谷さんは「支援するうちにある思いが湧き起こった」と振り返る。自ら起草した像の台座の「建立の記」に思いを記した。「生存にかすかな夢を託して(中略)貴重な遺産としたい」

 NPO法人のニホンオオカミを探す会(埼玉県上尾市)は監視カメラを多数配置し、奥秩父山塊を中心に探索中だ。全国から有力な生存情報を得ている。八木博代表は「東吉野村周辺でも元教師から1960年代の遠ぼえ情報、猟師から2000年前後の目撃談が寄せられている」と語る。

 東吉野村とニホンオオカミとの不思議な縁の物語はまだ続きがありそうだ。

(奈良支局長 浜部貴司)

 ▼ニホンオオカミ 食肉目イヌ科。体長は1~1.1メートル前後で背丈は50~60センチメートルと中型の日本犬程度。毛の色は季節によって変わる。2~10頭で行動し、うなるような遠ぼえをする。明治初期まで日本に多く生息したが狂犬病や駆除強化で絶滅に追い込まれた。

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