法隆寺に2つの「七不思議」(謎解きクルーズ)
聖徳太子信仰、伝説を量産 江戸時代の案内役が創作?

2014/11/1 6:30
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 飛鳥時代に聖徳太子が建てた日本最古の木造建築、法隆寺(奈良県斑鳩町)。そんな法隆寺にまつわる「七不思議」が存在する、と耳にした。怪奇談にはつきものの七不思議だが、法隆寺についてはあまり知られていないようだ。一体、どんな謎を秘めているのか。

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 まず境内を歩く観光客に聞いてみた。地元奈良出身の夫婦は「なんとなく聞いたことあるような……」と言葉を濁す。関東など遠方から来た人にも尋ねたが、誰も知らなかった。

 土産物屋の女性店員はさすがに心得ていた。「聖徳会館近くの因可池(よるかのいけ)で、カエルがうるさかったので聖徳太子が筆を投げたところ、目にあたり、以来片目のカエルがいると聞いたことがある。全部は知らない」

 寺務所を訪ねる。「寺が公式に出している七不思議があります」と古谷正覚執事長。寺が公に認めていることにちょっと驚く。毎年、門徒らに発行する「法隆寺手帳」に書いてある。江戸時代ころから伝えられてきたという。

数多くの不思議が伝わる法隆寺の五重塔(奈良県斑鳩町)
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数多くの不思議が伝わる法隆寺の五重塔(奈良県斑鳩町)

 「片目のカエル」や「クモが巣をかけない」は古谷執事長も「さすがにそんなことはない」と一笑に付す。しかし、事実もある。南大門前には鯛石(たいいし)が存在し、魚のタイに似ていなくもない。五重塔上部の大鎌は遠目から見てもはっきり分かる。魔よけの役割があるらしい。

 いくつかの不思議には一定の根拠があった。「毎年旧正月12日、夢殿の礼盤の木を持ち上げて石の表面を確かめると、湿っている気がする。かつて下に井戸があったからといった臆測がある」と古谷執事長。

 雨だれが穴をあけないのは、一般家屋に比べて屋根が高く、地面に落ちる前に風にあおられて同じ場所をうがたないからという説もある。ただ、「いずれも正しいかどうかは不明」。

 納得して引き上げようかと考え始めた時、古谷執事長が「実はもう一つ七不思議がある」というので、また驚く。昭和期に奈良国立博物館館長を務めた石田茂作氏が書いた「法隆寺雑記帖」を教えてくれた。同書は、石田氏が選んだ法隆寺手帳とはほぼ重ならない七不思議を紹介している。学究的な項目が目立つ。

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 「実はまだまだ謎があります」と、斑鳩町の観光ボランティアガイドを務める吉原淳一さんが声をかけてきた。吉原さんによると、鯛石の話には続きがある。2キロ南の大和川が氾濫しても門の前の鯛石までしか浸水せず、境内は無事だったという言い伝えだ。実際は寺が高台にあったのが理由とみられている。

 なぜこんなにもたくさんの不思議があるのか。法隆寺は古来、聖徳太子自身が信仰対象となり、太子信仰と呼ばれ、参拝者を集めてきた。吉原さんは「江戸時代には、既に私のような案内役がいた。彼らが好き好きに創作したのでは」と推測する。自身も逸話や石田氏の説などを「いいとこ取り」し、楽しんでもらおうとしてガイドに励んでいるという。

 謎が人を引き寄せ、寄せられた人がまた別の謎を語る。1400年を超える時を刻んできた法隆寺の奥深さを実感した。

(大阪・文化担当 安芸悟)

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