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もっと関西 尼崎城、天守再建の希少ケース(とことんサーチ)
資金・立地…好条件重なる 史跡なら遺構保存が難題

2017/6/17 6:00
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 兵庫県尼崎市が、江戸初期に築かれた尼崎城の天守再建に取り組んでいる。失われた天守の復元などを目指す地方自治体は多いが、近年は実現できた事例はほとんどない。自治体が天守を復元、再建するためには、どんな条件をクリアする必要があるのだろうか。

尼崎城天守の建設が進む現場(兵庫県尼崎市)
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尼崎城天守の建設が進む現場(兵庫県尼崎市)

 阪神尼崎駅そばの尼崎城跡。来年の完成に向け、天守の基礎工事が進む。天守が廃棄されたのは明治初期。2重の付けやぐら2棟を従える4重の外観は、江戸期の絵図や文献を参考にした。鉄筋コンクリート造りで石垣を含む高さは約24メートル。尼崎の新たなランドマークになるはずだ。

 市城内まちづくり推進課の馬場章吾さんに経緯を聞くと「天守は巨額の建造費が必要だが、最初にそれをクリアできた」。今回の再建は、旧ミドリ電化(現エディオン)創業者の安保詮氏が「創業の地に恩返しを」との言葉が始まり。同氏が10億円以上かけ天守を建造し、市に寄贈する。

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 城跡が国の史跡の場合、建物の復元には文化庁の条件も満たす必要がある。現存する遺構の保存を優先し、傷つけたりしないこと。そして、建物の内外を建造時の工法で忠実に再現することだ。だが、尼崎城跡は地表に遺構がほとんど残っておらず、国の史跡に指定されていない。このため城跡であっても建造は自由だった。最後の決め手は市民の後押しだが「一般の方々からも寄付が集まり、大きな支持を頂いています」と馬場さんは強調する。

 現在、全国各地に数多くの天守が存在する。大半は戦後、鉄筋コンクリート造りで建造された。文化庁が先の条件を本格的に運用したのは1990年代。これ以降で自治体が天守を復元できたのは、木造で江戸期の姿を再現した白河小峰城(福島県白河市)など数例に限られ「復元天守」と呼ばれる。資金面をクリアし、文化庁の条件からも自由な尼崎城は全国的にかなり珍しい事例と言える。

 関西には天守を持つ城跡は多い。和歌山城(和歌山市)の天守は戦時中の米軍の空襲で焼失。58年に図面や写真を基に鉄筋コンクリートで復元された。木造ではないが外観を忠実に再現したため「外観復元天守」と呼ばれ、他に福知山城(京都府福知山市)がこれに当たる。

 図面や写真が残っていないため他の天守を参考にしたり、推測で設計されたりしたものを復興天守と言う。第1号が31年に再建された大阪城(大阪市中央区)。大阪城天守閣主任学芸員の宮本裕次さんは「すでに建造から80年以上。文化財として一定の価値があるはずです」と話す。復興天守は他に岸和田城(大阪府岸和田市)が挙げられる。

 このほか洲本城(兵庫県洲本市)のように存在しなかった天守をあえて建造した場合や、遊園地の施設として建てられた伏見桃山城(京都市)などは「模擬天守」と呼ばれる。

 尼崎城の場合はどうか。実は尼崎城の天守が存在した場所は建造予定地から東南に約300メートルの場所。外観は忠実に再現するが、場所は異なるという意味でも珍しい事例となる。「『再建天守』と呼んでいます」と馬場さんが付け加える。

 江戸期の天守がそのまま残る姫路城(兵庫県姫路市)や彦根城(滋賀県彦根市)は「現存天守」と呼ばれる。全国でも12しかない貴重な建物だ。姫路城総合管理室の小林正治さんは「修理の際も江戸期の工法や材料をできる限り取り入れます」と話す。

 天守は時代の波に応じ、取り壊されたり復元、再建されたりしてきた。歴史の重みを感じながら天守を見上げてみたい。

(大阪・文化担当 田村広済)

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