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杉道助、貿易振興に尽力 五代友厚の志継ぐ大商(3)
軌跡

2016/8/25 6:00
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 「大大阪」時代は波乱に満ちていた。日本全体が激動期にあり、1927年には昭和金融恐慌、29年には世界恐慌が起こる。やがて戦時体制に移行していく。

大阪企業家ミュージアムに設けられている杉道助の展示コーナー(大阪市中央区)
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大阪企業家ミュージアムに設けられている杉道助の展示コーナー(大阪市中央区)

 大都市は米軍による空襲の標的となる。終戦の1945年、全国人口に占める大阪府の割合は約3.9%と、5年前より約2.7ポイントも低下した。

 46年、大阪商工会議所の第16代会頭に繊維産業出身の杉道助が就く。祖父は吉田松陰の実兄だった。

 52年、大商の新年祝賀会で杉は「大阪経済の地盤沈下の傾向が目立ってきた。真剣に振興をはかることが緊要である」と発言した。これを契機に56年には大阪経済振興連絡協議会が発足し、杉が会長に就任。府・市、財界が協力し、地下鉄の延伸や幹線道路の整備などの成果を上げた。

 中小企業などの貿易を支援するため、51年には世界の市場を調査する海外市場調査会を大阪に設立した。後の日本貿易振興機構(ジェトロ)だ。グローバルな視点をもち、大阪復興に指導力を発揮した杉は「五代友厚の再来」ともいわれた。

 1970年には日本万国博覧会が開かれ、大阪経済がさらに活気づく。だが全国人口に占める大阪府の割合をみると、70年代半ばをピークに低下傾向をたどっている。

 大阪商業大学の古沢昌之教授はビジネス拠点としての地盤沈下が深刻と指摘。2000年代以降、大阪系企業が経営企画、人事、国際などの戦略部門を東京に移す傾向が強まり、在阪の研究者としてハンディを感じるようになった。

 古沢教授は「対抗心と焦りからくる東京の後追いが、大阪の独自性を失わせている」と話す。

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