浪花の豪商 栄華の余韻 広岡家の雛飾り(時の回廊)
大阪市

2017/3/3 6:00
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 女の子の健やかな成長を願う雛(ひな)祭りが庶民に広がったのは江戸時代。当初は素朴な紙製だった雛人形は次第に華やかになり、幕府が豪勢な雛飾りを幾度も禁じたほどだった。当時をしのばせる浪花の豪商の雛飾りが大阪くらしの今昔館(大阪市)で紹介されている。

■鴻池と並ぶ「家柄」

雛御殿に収まった加島屋(広岡家)伝来の享保雛。江戸後期の作とみられる
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雛御殿に収まった加島屋(広岡家)伝来の享保雛。江戸後期の作とみられる

 展示室で目立つのは高さが約60センチもある立雛。丸顔に細目、おちょぼ口が特徴の「次郎左衛門雛」と呼ばれる様式だ。関西に多い立派な雛御殿に収まるのは「享保雛」様式の大きな内裏(だいり)雛。俯(うつむ)いた瓜実顔(うりざねがお)に仏像のような気品が漂う。

 これらは江戸期の大坂を代表する豪商・加島屋の一族、広岡家に伝わった。諸藩の蔵元を務め、大名に融資する大名貸(だいみょうがし)で事業の基盤を築いた。多くの藩に財政運営や産業育成を指南し、幕府の御用も熱心に引き受けて鴻池と並び「格別の家柄」とたたえられた。

 記録が乏しく鴻池や三井、住友に比べ知名度は高くなかったが、加島屋を始祖とする大同生命保険が保管していた資料約2500点が2011年に大阪大に寄託されて研究が本格化。15年には、三井から広岡に嫁いだ明治期の実業家・広岡浅子をモデルとしたNHK連続ドラマが放映され広く知られるようになった。

 この番組が縁で同年、広岡家の縁戚にあたる奈良県橿原市の旧家の蔵に加島屋の資料約1万点や約100種類に上る雛飾りなどが眠っていたことが判明。太平洋戦争中、広岡家が疎開させたものだった。文書類は現在、神戸大で分析が進む。雛飾りは今昔館に寄贈され今回、初公開された。

■一流作家の作品

子供に家事と倹約の精神を学ばせた雛道具。高さ約9センチの棚に収められている
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子供に家事と倹約の精神を学ばせた雛道具。高さ約9センチの棚に収められている

 展示担当の摂南大・岩間香教授(美術史)が注目するのは道具類だ。「御殿飾りの左右にある脇障子は絵師、森一鳳(いっぽう)の作。木葉形の小皿『桜手塩皿』は楽家10代、旦入の作。酒を入れる燗鍋(かんなべ)は京釜師、大西家の浄雪の作といずれも江戸後期の一流作家。ひとつずつ足していったのでは」と話す。

 小さな棚に桶(おけ)や鍋などを収めた台所道具のミニチュアもある。子供に家事と倹約の精神を学ばせる関西流の雛道具だ。「豪華な人形とは対照的だが、非常に精巧で丁寧な造りで広岡家らしい」と岩間教授は話す。

 加島屋はいたずらに贅(ぜい)をつくしたわけではない。広岡家を研究する神戸大経済経営研究所の高槻泰郎准教授は「高級な服の表地や煙草(たばこ)入れは禁止、4~9月は足袋を履いてはいけないなど華美を禁じる従業員規則があった」と指摘する。贅沢(ぜいたく)が目に余るとして18世紀初め、幕府に財産を没収された淀屋の教訓という。

 一方、「社寺に巨額の寄進を重ね、表千家を熱心に支援するなど多方面に配慮した」と高槻准教授。一流作家への雛道具発注は文化振興の一環かもしれない。

 一般公開前、広岡家の関係者が展示を内覧した。見るのは初めてという本家の子孫の女性は「孫の私に見せたいと祖母が言っていたそうだ。その思いが伝わった」と涙ぐんだ。

文 大阪・文化担当 竹内義治

写真 大岡敦

 《交通》「大阪市立住まいのミュージアム 大阪くらしの今昔館」は市営地下鉄・阪急電車の天神橋筋六丁目駅で下車、3番出口からすぐの「大阪市立住まい情報センター」8階。
 《企画展》広岡家の雛道具を紹介する企画展「浪花の大ひな祭り~浪花の豪商の雛道具」は4月2日まで。入館料は常設展・企画展で一般800円、企画展のみで300円。

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