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霊獣躍動 名匠の足跡 西光密寺の欄間(時の回廊)
京都府南丹市

2017/3/10 6:00
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 どう猛そうな口元、むき出すキバ、盛り上がる舌、波打つひげ。量感たっぷりに彫られた竜が、欄間から飛びだそうとうかがっている。木彫とはいえ威圧感に満ち、吐く息の生温かささえ伝わってきそうだ。

西光密寺本堂内にある中井丈五郎作の竜の彫刻
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西光密寺本堂内にある中井丈五郎作の竜の彫刻

 京都府南丹市の西光密寺。田園地帯の山の中腹にある。本堂はありふれた外観だが、靴を脱いで上がると、その豪華な堂内装飾が目を奪う。梁(はり)の上を、2頭の竜が「あ」「うん」の形相で向き合う。脇役の分際ながら、主役の本尊仏像より目立つ勢いだ。「このお堂になぜ、というぐらい不釣り合いかも」と炭山尚賢住職が笑う。

■中井一門が製作

 200年ほど前、江戸後期の作品という。堅くて加工が難しいケヤキ材から彫りだした。彫刻を手がけたのは中井丈五郎。名匠を輩出した中井家の5代目当主という。丈五郎に続く6~9代目は続けて「中井権次」を名乗り、20世紀前半までに竜のほか麒麟(きりん)、獏(ばく)などの霊獣を数多く残した。

 郷土史愛好家の団体「中井権次顕彰会」によると、中井の一門は丹波市柏原に居を構えた。兵庫県と京都府の一部(旧国名で但馬、丹後、丹波、播磨)の神社仏閣214カ所で、作品を見ることができる。

 竜の迫力に気押されて見落としがちだが、西光密寺の本堂は天井の造作も入念だ。周囲から優美な曲線で中央部を持ち上げる折り上げ格天井。京都の大きな宗派の大本山や二条城といった建築で見かける、格式を誇る建築技法だ。

 こうした際立つ建築技法の手際からか、同じ中井姓で徳川幕府の京都大工頭を歴代務めた中井家との関係を指摘する声もある。

本堂には格式を誇る建築技法が用いられる
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本堂には格式を誇る建築技法が用いられる

 大工頭の初代中井正清は17世紀初頭に江戸城、駿府城、知恩院、増上寺、名古屋城、二条城、禁裏ほか江戸初期の主要建築の普請を軒並み陣頭指揮し、大和守に叙せられた。知行たかだか千石なのに、数十万石大名級の従四位下という官位を与えられたことからも、家康の重用ぶりがわかる。

 こちらの中井家は、近畿六カ国(山城、大和、摂津、河内、和泉、近江)で幕府が公費負担する禁裏や代表的寺社・城郭の造営・修復工事を家職としていた。いわば畿内公共事業専門の棟梁(とうりょう)だ。大阪市立住まいのミュージアムには、代々伝わる文書を集めた「大工頭中井家関係資料」(国の重要文化財)が寄託されている。

■豊かな寄進反映

 あいにく権次の中井家と京都大工頭・中井家とを関連づける資料はないという。谷直樹・同ミュージアム館長は「活躍したエリアが、同じ関西で重ならない。たぶん権次の中井家は幕府公認の中井家のブランドの照り映えに染まりながら、すみ分けていた」とみる。

 これほどの彫刻・普請を支えるには檀家の豊かな寄進がなければならない。隣の村より豪華なものを、という心理が、優れた彫刻家一門を誕生させた。「本流か傍系かでなく、重視すべきは、江戸後期の近畿農村の経済力ではないでしょうか」(谷館長)

文 編集委員 岡松卓也

写真 尾城徹雄

 《交通》西光密寺へはJR山陰本線の吉富駅から徒歩約15分。
 《顕彰会組織》「中井権次顕彰会」(本部・兵庫県丹波市、岸名経夫事務局長、(電)0795・72・2553)は彫刻作品が残る京都府・兵庫県の神社仏閣214件を網羅したガイドマップを作成した。主要作品の写真に短い解説が付いて1部100円。JR福知山線の柏原駅から徒歩10分のかいばら観光案内所で販売している。

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