日本IBM、本格復活へ提案力勝負 社長に与那嶺氏

2015/1/6付
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 日本IBMは5日、ポール与那嶺副社長(57)が同日付で社長に昇格したと発表した。マーティン・イェッター前社長(55)が米IBMの最大部門トップに就いたため、約2年8カ月と短期間での交代となった。12年ぶりの増収に導いた「イェッター改革」を踏襲するが、米アマゾン・ドット・コムなどとの競争は激しさが増す。本格復活に向けて、与那嶺新社長はコンサルティング会社で培った提案力を武器に顧客との距離を縮める狙いだ。

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 2014年11月、イェッター氏は米IBM上級副社長に就任、売上高の約4割を稼ぐインフラ構築などのグローバル・テクノロジー・サービス(GTS)部門の責任者に就くことが内定した。日本IBMでは1月5日付で会長に就任した。

 イェッター氏は米IBMから日本IBMトップに転じて以降、営業力を強化してきた。仙台市など4カ所で支社を新設し、研修では英ビジネススクールから講師を呼び寄せる熱の入れよう。売上高は14年4~6月期まで7四半期連続の増収を記録した。

 ただ、先行投資がかさみ営業利益は13年度まで3年連続で減少している。売上高営業利益率は10.1%と富士通や日立製作所の情報部門の5~6%台に比べると高いが、IT(情報技術)大手との競争は激しい。

 今、日本IBMが磨くのはITが顧客企業の経営にいかに役立つかを示す力だ。技術論に酔わず、世界の最適事例を提供する。ビッグデータ分析で売れ筋を予測し売り上げを2割増やす、クラウド活用で海外進出に伴うシステム整備期間を半減――といった具合だ。

 人の言葉を理解する認知型コンピューター「ワトソン」をがん治療など最先端分野へ活用することなども有力な武器とする。イェッター改革で見えてきた反攻の道を明確にするため、日本IBMの良さをわかりやすく伝えることが与那嶺氏に託された使命だ。

 東京生まれの与那嶺氏は米国籍の日系3世で、父は元プロ野球選手の与那嶺要氏。俊足好打で巨人軍を支え、引退後は中日監督として古巣のV10を阻みセ・リーグで優勝した。激しい走塁など米国流を日本の野球界に持ち込んだ父。与那嶺氏も日本企業のグローバル化を支援することをライフワークとしてきた。

 まず1979年に公認会計士として米国の会計事務所に入社。「毎日のように日系企業の米国進出が相次いだ時代」(与那嶺氏)で、日本企業の米子会社の財務会計業務を支援した。KPMGコンサルティング社長時代には、「財務会計の仕組みは万国共通」との持論に基づき、企業の会計システムのグローバル化を手掛けた。

 06年には日立子会社、日立コンサルティング社長に就任した。持ち前の提案力でものづくり重視の風潮が強かった日立にコンサルティングの大切さを根付かせた。

 ただ、一方で「日本企業のグローバル化を思ったほど進められなかった」(与那嶺氏)との悔いを持っていた。その時、与那嶺氏の携帯電話を鳴らしたのが後に米IBM最高経営責任者(CEO)になったバージニア・ロメッティ氏。悩みを打ち明けた与那嶺氏にロメッティ氏は「IBMは(与那嶺氏が理想とする)経営やシステムのグローバル化を果たしている。日本の顧客にIBMの取り組みを売り込んでみては」と口説いた。与那嶺氏は10年に日本IBMに入社。営業責任者として売り上げを伸ばし、成長戦略担当としてイェッター氏を支えた。

 かつては世界的にヒットしたノートパソコン「シンクパッド」の開発を手がけ、米本体に次ぐ売上高を誇るまでに成長した日本IBM。生え抜きがトップに立っていたが、外国人が社長を務め、今回は外部で約30年実績を積んできた人材の登用となった。温和、穏やかという評判の与那嶺氏がイェッター氏に頼らずに社内をまとめ、米IBMの新たな戦略の一翼を担う存在として輝けるか。実行力に注目が集まる。(大和田尚孝)

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