日付変更線(上・下) 辻仁成著 日系人部隊の苦悩が現代へ

2015/8/10付
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 戦後70年を迎えた我々に、かつての戦争の悲惨さと未来への選択を深く問いかける、著者渾身(こんしん)の力作である。

(集英社・各1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(集英社・各1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ハワイのホノルルにある自然葬の会社に、オリーブグレーの瞳の若い女がふらりと現れて、祖父の散骨をしたいと申し出た。女はマナと名乗る日本人。応対した社員の日系青年ケイン・オザキは、第2次大戦に従軍した祖父のことを小説に書こうとしていて、彼女に興味を抱く。

 こうして出会った二人は、上院議員のヘンリー・サカモトを介して、不思議な縁で結ばれていたことが分かる。マナの祖父はニック・サトーという。ヘンリー、そしてケインの祖父と同郷の親友であり、ヨーロッパで一緒に戦っていたのだ。戦死したと思われていたニックだが、マナによれば最近まで生きていたばかりか、フランス人の名前の画家だったという。一体彼の人生に何があったのか。

 ケインとマナの語りが交錯する2011年から、舞台はヘンリーが語る70年前の真珠湾攻撃の日になる。日米開戦とともに、ヘンリーたち日系人青年は相次いで従軍を志願する。日本人への敵視が激しくなるなか、彼らはアメリカへの忠誠を兵士として証明するしかなかったのである。アメリカ合衆国史上最も多くの勲章を受けた第四四二部隊が、こうして誕生した。

 日系人部隊の直面した差別との戦い、そして送り込まれたヨーロッパ戦線の過酷な戦いのなかで、独りニックは戦いの空しさに悩み、心を病んでいく。

 一方マナは、殺されるかもしれないと言い残して失踪した恋人の行方を捜してもいた。その謎と祖父のニックの生涯は、重大な関わりがあるようだ。マナに心を寄せるケインも、冒険に身を投じる。

 70年前の過去と現在。日付変更線で隔てられた日本とハワイ、ヨーロッパ――。時空の境界線を越えて、この壮大な物語は我々を地球規模で刻まれた戦争の傷痕に直面させる。残酷な戦場の迫真の描写は圧倒的だ。しかも同じ戦場がヘンリーの不屈の英雄的視線と、自然崇拝と厭戦(えんせん)の思想に目覚めながら戦場で人を殺したニックの絶望が交錯して、重層的に再現されていく。さらにその遺産は現代に根深く引き継がれ、新たな悲劇を生みだすのだ。

 マルチタレントとして多彩な活動を続け、また海外滞在の長かった著者が、蓄積した作家としての実力を遺憾なく発揮した長編である。日本文学の枠を軽々と越え、第2次大戦後70年を迎えた世界に問いかけようとする気宇を感じさせる。

(文芸評論家 清水 良典)

[日本経済新聞朝刊2015年8月9日付]

日付変更線 上 The Date Line

著者:辻 仁成
出版:集英社
価格:1,836円(税込み)

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