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春秋

2017/6/14 2:30
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 明治2年の春、まだ16歳だった天皇は京都御所をあとに東京へ向かった。前年秋にも、岩倉具視や木戸孝允らおよそ3300人を従えて東京入りを果たしていたが年末にいったん還幸。しかし腰を落ち着ける間もなく再び京都を出て、江戸城を改めた皇居に入ったのだ。

▼新政府成立直後の、このあわただしい動きには遷都をめぐる混乱が見て取れる。2度目の東京行幸のときも、政府はわざわざ「天皇が東京滞在中は太政官を東京に移す」との布告を出した。東京再幸は遷都ではない――と言外に、しかも苦しまぎれに述べたというのが史家の指摘だ(佐々木克「江戸が東京になった日」)。

▼そんな取りつくろいをしたものの、以後、天皇が故郷に戻ることはなかった。じつに日本的というべきか、なし崩し的に東京は帝都になったのだ。だから京都人にはいまだに割り切れぬ思いがあるといわれ、こんど、天皇陛下が上皇になったら京都に住んでもらおうという声が聞こえてくる。門川大作市長も意欲的らしい。

▼市はかねて「双京構想」を掲げ、皇族の京都滞在を訴えてきた。歴史を顧みれば、上皇に退かれたらぜひ、という願いがわからぬでもないが陛下のお気持ちはいかがだろう。京都御苑には、かつて後水尾上皇が住んだ仙洞御所の跡も残っている。さりとて陛下は祖父の代からの生粋の東京人だ。心安らぐ場所は、さて……。

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