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身近なところから憲法を考えよう

2017/5/3 2:30
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 ひとになぞらえれば、いよいよ古希である。いまの憲法が施行されて70年を迎えた。あちこちガタが来てもおかしくない。だから、大事にいたわるのか、それとも手術に踏み切るのか。思案のしどころだが、その前によく考えておきたいことがある。憲法は何のためにあるのだろうか。

 いにしえの中国の説話のひとつに「鼓腹撃壌」というのがある。皇帝が自分はどう評価されているのかが知りたくて、お忍びで街歩きに出る。すると、老人が「皇帝なんぞ自分とは関係ない」と歌っていた、というものだ。

70年前になかった課題

 為政者の姿を感じさせないのがよい政治というわけだ。鼓腹撃壌とは腹や地面をたたきながら歌い踊るさまを指す。小渕恵三元首相は「国民が鼓腹撃壌でいることが理想」とよく話していた。

 確かに知っている閣僚の名前を挙げよ、といわれて、すぐに思い出すのは誰か。ばりばり活躍している現職でなく、震災の被災者をないがしろにする発言をした前復興相だったりする。記憶に残る為政者ができがよいとは限らない。

 憲法も世論調査で「大事か」と聞かれれば「そう思う」と答える人が大半だろう。だが、日ごろ憲法の存在をさほど意識せずにいる国民の方が多いはずだ。憲法が日々気がかりな社会と、あまり気にならない社会のどちらが暮らしやすいかはいうまでもない。

 70年前の国民はどう受け止めたのだろうか。施行当時、さまざまな解説書が配られた。憲法普及会の『新しい憲法 明るい生活』という冊子は2000万部も印刷されたそうだ。国会議事堂の隣の憲政記念館で開催中の70年記念展示でみることができる。

 題名からわかるように、憲法を難しいものと捉えず、日常生活に則して考えようという内容だ。いまの私たちも同じ視点で見ていったらどうだろうか。

 1年半ほど前、最高裁がこんな判決を出した。女性は離婚後、半年は再婚できないとしていた民法の規定は「過剰な制約」であり、100日を超える部分は違憲と判断した。離婚後に出産した子の父が誰かを科学的に調べることが容易になったことが背景にある。

 同じ頃、渋谷区が同性カップルに結婚に相当する証明の発行を始めた。憲法は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」と規定し、政府は同性婚を認めていない。同性婚は合憲か違憲か。70年前には議論にもならなかった。

 最高裁が初めて出した違憲判決は刑法の尊属殺人の過重罰規定である。2件目はさほど有名ではない。薬局は互いに近すぎてはいけないという薬事法の規定は違憲であるというものだ。

 経済活動がもたらす弊害を防ぐという目的で設けられた法律や規制はよくあるが、このケースでは最高裁は憲法が保障する職業選択の自由を重くみた。

 それでは、民泊はどうか。配車アプリを使って、マイカーをタクシーのように使うのはどうか。酒の安売り制限はどうなのか。目立つ訴訟にはなっていないが、似たような課題はいまも身近にある。わたしたちは気づいていないだけで、かなり日常的に憲法と触れ合っているのだ。

形式よりも中身が大切

 安倍晋三首相はおととい、改憲派の国会議員らが催す集会に、現職首相として初めて出席した。あいさつでは「理想の憲法の具体的な姿を自信を持って国民に示すときだ」と語り、改憲に本格的に踏み出す意向を鮮明にした。

 となれば、護憲派も身構えようし、憲法を巡り世の中が騒然となる事態も考えられる。暮らしやすい社会をつくるためのルールであるはずの憲法のせいで、社会がぎすぎすしては本末転倒だ。

 立憲君主制の元祖である英国には憲法がない。こう説明すると、多くの人に驚かれる。

 英国は王の権力を少しずつ制限してきた。国民は基本的人権や立法権を獲得し、行政権と司法権の分離がなされた。ひとつにまとめた憲法典はないが、過去の勅令や法律を総称して憲法と呼ぶ。英国民は自国が最古の立憲国家であることを誇りに思っている。

 要するに、形式よりも中身だ。国民が憲法を軽んじれば何が起きるか。明治憲法は大正デモクラシーを育んだが、政党が政争の具にしたことで軍部独裁を生んだ。憲法の書きぶりは大切だが、それを日々の暮らしにどう生かしていくのかは、より大切である。

 護憲か改憲かだけが憲法論議ではない。まずは身近なところから憲法が果たす役割を考えたい。

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