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青い花 辺見庸著 闇の中に描かれる終末図

2013/7/16付
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 敗戦直後、坂口安吾や太宰治は「無頼派」と呼ばれた。「無頼」とは、どんな権威にも頼らず、あらゆる集団的思考に抗(あらが)って己(おの)れの文学を貫くその生き方のことである。辺見庸は、東日本大震災以来、偽善と欺瞞(ぎまん)を憎み、最も気骨ある発言をつづけてきた。いわば現代の「無頼派」である。

(角川書店・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(角川書店・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 その辺見庸が震災と原発事故をモチーフに小説を書いた。といっても、近未来、大地震や大津波に繰り返し襲われた後の三陸を思わせる地域。どうやら原発事故も繰り返されたらしく、そのうえ近隣国との戦争もつづいている。終始、暗い夜の線路を歩きつづける男のモノローグで語られていて、状況を明視しにくい。それがかえって、地獄めいた終末の感触をなまなましく喚起する。

 作者は、大震災に引きつづく日本社会の様相の延長上にこの終末図を思い描き、そこに自分の意識を投げ入れて歩かせてみたのだろう。つまり、この近未来小説を駆動しているのは、この国の歴史と現在に対する強い憤りである。

 現在と記憶が交錯し、近未来と敗戦後の体験が重なる。危機感による意識の励起と疲労による衰弱とが交互に訪れて、男の思考は持続力なくあちこちに飛び、言葉も切れ切れに寸断される。強烈な憤りのエネルギーを帯びた言葉の錯乱は、ときにはグロテスクな笑いを誘い、ときには詩にも接近する。なんとも卑俗で猥雑(わいざつ)な詩だが、卑俗で猥雑なものこそ生命の根源なのだ、と作者はいうだろう。

 タイトルはドイツ・ロマン派のノヴァーリスの作品を思い出させる。あれは主人公が夢の中で見た花だった。こちらの「青い花」も男の記憶の中に咲く花、内界の花である。だが、この「青い花」は不可能な神秘のシンボルではない。男は思う。すべての人の心の底には「青い錯乱」がある、と。この「青い花」はその「青い錯乱」に通じている。

 作中で男の記憶の中の狂女がつぶやく。「もう、夜なのに…」。我々はまだ昼間だと思っているが、「もう、夜」なのだ。あらゆる終末論的ヴィジョンを凝縮した言葉である。闇の中の終末図は異様な迫力で読者に迫る。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2013年7月14日付]

青い花

著者:辺見 庸
出版:角川書店
価格:1,680円(税込み)


※価格情報は掲載時のものです。

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