強運を背負ったピアノ少女、小林愛実 「大人をぞくっとさせる音楽」への道は……

2011/3/16付
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 1995年生まれのピアニスト、小林愛実が3月18日の中学卒業に先立つ9日、2作目のCD「熱情」をEMIミュージック・ジャパンからリリースした。4月には学費全額免除の特待生(ピアノでは初)として桐朋女子高校(共学)音楽科へ進むが、ニューヨークのカーネギーホール主催の日本文化特集「JapanNYC」で初の完全ソロ・リサイタルを3日に行うため、入学式には出席できない。今までも桐朋の「子供のための音楽教室」に通ってきたので、「改めて『桐朋へ行く』という思いはない」と、本人はケロリとしている。

小林愛実のセカンドアルバム「熱情」

 3歳でピアノを始め、7歳でオーケストラと初共演、9歳で国際デビュー……と、小林の歩みは最初から順調だった。社団法人の全日本ピアノ指導者協会(PTNA)のオーディションを勝ち進み、全日本学生音楽コンクールで史上最年少の10歳で優勝、今年1月にはショパン国際ピアノ・コンクールin Asiaの「年齢制限なし」部門で金賞を獲得したのに続き、ピアノを弾く少女の役で演技もこなした映画「ネムリユスリカ」(坂口香津美監督)がオランダのロッテルダム国際映画祭で先行上映された。昨年のデビュー盤の録音も過去3度のカーネギーホール出演もすべて、「天才少女」の演奏に魅せられた欧米の富豪の支援によって実現した。これまでのところ、強運を背負った人生が開けている。

 筆者はここ数年、大みそか近くに都内で開かれる「ピアニスト大忘年会」へ出席してきた。20代から40代くらいまで、ピアニスト50人前後が集まる。後日、「リサイタルを開くから来てほしい」と誘われれば、できるだけ足を運ぶ。驚くのは「全員が一定水準の技量を備え、十分に個性的である」事実。これだけ優れたピアニストを擁する国は、まれではないか。それでも演奏だけで生計の成り立つピアニストは一握りだ。多くは自宅で子どもに教えたり、音楽大学で非常勤講師を務めたり、全く別の仕事を兼ねたりして暮らす。

 ソニーの大賀典雄相談役はレコード部門会社の社長も務めた経験に照らし「世界へ打って出るのに音大卒の23~24歳、大学院修士課程修了の25~26歳は遅い。欧米での勝負は10代半ばで決まる」と、日本人演奏家の学歴志向を嘆く。早期決戦の原則に照らしても、小林愛実のメジャーレーベル契約、カーネギーの晴れ舞台は正しいタイミングで実現した。

 12歳で録音したデビュー盤が出た昨年、小林が東京・サントリーホールでショパンのソロ、協奏曲を一度に弾いた演奏会を聴いた。まだ大ホールを満たす音量はなく、何か、肩すかしを食らった記憶がある。それに対して、セカンドアルバムの「熱情」では、冒頭の同じくベートーベンの「悲愴」ソナタ最初の和音からして、打鍵が力強さを増している。続く「熱情」ソナタ、カップリングのシューマン「子どもの情景」と聴き進めば「どうしても自分が好きで得意な曲を弾きたくて、納得のいく音をつくった」という本人の自信も納得できる。

 だが15歳とはいえ「プロ」である以上、あえて70歳の巨匠と同列の批評基準を適用すれば……。見事な運指、音量の増大は認められる半面、周到な楽曲分析を踏まえての解釈、ベートーベンが背負った人生や時代精神の織りなす響きはまだ、聞こえてこない。「子供だから」と弁護もできようが、過去、神童から巨匠大家へ脱皮したピアニストには、幼少期から「大人をぞくっとさせる音楽」「作曲家の核心を突く輝き」が備わっていた事実を忘れてはならない。

 最近、ある地方都市で小林と同世代のピアノ学習者を聴き、コメントする機会を得た。多くが各種オーディションで優秀な成績を収めた少女たちだった。みな判で押したように、フレーズの構造やアーティキュレーション(分節法)に無関心のまま音符だけを正確に並べる。作曲家が音楽史のどこに位置し、何を切り開こうと努めたのかの想像力を伴わない演奏を聴くのは、つらかった。「皆さん、技の習得に懸命だった少女時代から、解釈を求められる大人の段階にさしかかっているのだと思います」と励ましたものの、日本の音楽教育や教養自体のあり方を考えるにつけ、重い気分に浸された。

 「このCDは私の人生にとって、1つの節目です」。屈託なく語る小林が世界的ピアニストの王道を歩むには、できるだけ早く日本を飛び出し、地球上あちこちでピアノ、音楽にとどまらない森羅万象と触れ、芸術の根源を究める以外に選択肢はないだろう。本人も自覚し「できるだけ早く、どこかに留学したい」と意気込んでいたから、卓越した技に精神の内面が追いつくのも「時間の問題だろう」と、期待することにしよう。

(編集委員 池田卓夫)

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