ネット社会、室内楽に福音もたらす ピアニスト・長谷川ゆきの挑戦

2011/2/15付
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 「企画の瞬間から、演奏会は始まっている」。2009年に亡くなった指揮者、若杉弘に言われたことがある。どんな小さな演奏会でも若杉に企画書を見てもらうと、ほんの1、2カ所手を入れるだけで輝きが一変した。世の中には無数の楽器が存在するが、ソロでプロ活動を営める例は、まれ。世界の演奏家の多くはピアノとの協演に始まり、数人の室内楽、オーケストラの合奏などのチームプレーで、企画の腕を問うてきた。むしろ互いの音を聴き合い、作品をバランスよく再現していく室内楽こそ、演奏活動の基本といえる。

ピアニストでプロデューサーの長谷川ゆき(後列中央)と木管五重奏団Bordersの5人

 ところが日本では歌舞伎など伝統芸能の「看板役者」の影響か、作曲家や作品より演奏家個人のスター性に目が行き、ソロ・リサイタルの比重が圧倒的に高い。欧州ではウィーン・フィルなど名門楽団の奏者であっても「土曜日の夜、あそこの教会が空いたから、ちょっと合奏しようよ」と言って仲間を集め、簡単に室内楽の演奏会をつくる。日本だと、かなり前にホールを予約し、音楽事務所に広報を頼み、舞台制作会社に詳細な企画進行書を出してようやく演奏会の形がまとまる。万事に産業化した中で、室内楽の分は極めて悪い。

 最近になって、ネット社会の進展が日本の室内楽シーンに思いがけない福音をもたらした。音楽産業の枠外にあっても、フェイスブックやツイッターで仲間を募り、演奏会場を獲得したり、マスメディアに接触できたりする道が開けた。ピアニストの長谷川ゆきもネット経由で共演者の輪を広げ、記者の視界にも飛び込んだ。長谷川は国立音楽大学ピアノ専攻在学中から、同級生がソロにこだわるのを横目にフルート奏者らとの合奏に興味を覚え、フランス留学でも室内楽、作曲書法、管弦楽法、伴奏など、少し趣を異にする科目を修めた。卒業後しばらく欧州にとどまり、コンクールや講習会の公式伴奏者を務めた。帰国後は室内楽に「少しでも光が当たれば」と思い、父が経営する建築事務所に「音楽企画室」を立ち上げ、プランニングと演奏活動の両立を目指す。コンクールの審査にも加わり、新しい共演者を探す。木管五重奏団「Borders(ボーダース)」とも2年前、ある室内楽コンクールの審査で出会った。

 木管五重奏は中高校生の「バンド文化」を反映し、すそ野は広い半面、「内輪受け」で部外者の耳をひき付けにくく質的ばらつきもある。木村友音(フルート)、小山祐生(オーボエ)、篠塚恵子(クラリネット)、磯さやか(ファゴット)、松嶋千絵(ホルン)のボーダース5人も東京音楽大学の同窓だから、仲間意識は強いが「つたない表現力の弦楽四重奏団なども出ていた中、繊細で音楽の深いところへ踏み込む演奏に可能性を覚えた」と、長谷川は振り返る。「この人たちと私のピアノで、どのような室内楽を日本の聴衆に届けられるのか?」。自問自答して練り上げた曲目にはハンガリーのフェレンツ・ファルカシュ(1905~2000年)、ジェルジ・リゲティ(1923~2006年)、ドイツのアウグスト・クルークハルト(1847~1902年)、スイス系ロシア人のパウル・ユオン(1872~1940年)と、渋い名前がフランスの有名作曲家アルベール・ルーセル(1869~1937年)とともに並ぶ。中でもユオンには「楽譜屋さんで偶然見つけて以来、深みのある作風に魅了されてきた」という、長谷川の思いがこもる。3月18日、東京・後楽園の文京シビックホール(小ホール)での演奏会「アンサンブル・コルディアーレ」は通り一遍でない、新鮮な室内楽の響きに満たされることだろう。

(編集委員 池田卓夫)

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