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馬場移公子 俳句一口講座 空

2010/10/16 7:00
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◇     ◇

(たかだ・まさこ)1959年岐阜県生まれ。東京大文学部卒。主婦で2女の母。俳句結社「藍生」所属

(たかだ・まさこ)1959年岐阜県生まれ。東京大文学部卒。主婦で2女の母。俳句結社「藍生」所属

 10月16日付夕刊の句の作者、馬場移公子は大正7年(1918年)埼玉県の秩父に生まれました。結婚により一時東京に住みましたが、夫の戦没後、実家へ戻り、その後の生涯を再び秩父に過ごしました(平成6年〈94年〉没)。

 移公子には「峡(かい)の音」(昭和33年〈58年〉刊)「峡の雲」(昭和60年〈85年〉刊)の2冊の句集があり、「峡の雲」で俳人協会賞を受けています。俳句作家としての実力は十分、ですが、どこかさびしさを訴えかけてくる句が多いように感じます。句集から何句かご紹介しましょう。

 藤咲くや水をゆたかにつかひ馴れ「峡の音」(以下「音」と表記)
 峡の空せまきに馴れて星まつる「音」
 うぐひすや坂また坂に息みだれ「音」

 移公子は秩父を峡と呼んでいます。峡とは山と山の間の狭い所をさします。水音に包まれ、空を仰ぎながら、一度は出た山国の風土に、再びなじんでいくのでした。

 萩咲きぬ峡は蚕飼(こがい)をくりかへし「音」
 夕づくや桑摘(くわつみ)の背に泉鳴り「峡の雲」(以下「雲」と表記)
 積み捨ての蚕籠(こかご)にこぼれえごの花「雲」

 農作物の育ちにくい秩父の主産業は、養蚕業でした。移公子も実家の営む養蚕業を継いだのです。

 倒るゝまで枯向日葵(かれひまわり)を立たせ置く「音」
 亡き兵の妻の名負ふも雁の頃「音」

 移公子の師のひとり水原秋桜子には「向日葵の空かがやけり波の群」の句があります。「枯向日葵」の句となんと対照的なことでしょう。「英霊」の妻としての運命を負った境涯が、そう詠ませたのでしょうか。

 いなびかり生涯峡を出ず住むか「音」
 寒雲の燃え尽しては峡を出づ「雲」

 移公子は肺を病みながら、家業を支え、母を看取りました。二度と秩父を出ることはないと思いつつも、心は雲とともに流れ出ることがあったのかもしれません。

 麦秋の蝶ほどにわが行方なし「雲」

 広やかな麦秋の景も、「行方なし」と詠まれるとかげりを帯びます。蝶も、透明な瓶に閉じ込められているかのようです。

 そんなことを思いながら読むと、今日の引用句の空は、かなしいほど青く澄んでいるように思えてきます。

「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。

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